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外資系のトップセールスマンを経て、大好きだった宝石の会社を立ち上げる。


幼少の頃から直感力が鋭く、宝石を通して様々な神秘的な体験をし、宝石を装飾品から必需品にしたいという思いから"人と宝石との間に立つ"役割を日々研鑽しています。


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「サファイアは神の叡智を授ける」

2009年3月16日 10:11 | トラックバック(0)

今回もサファイアのお話を書いてみます。 ~宝石伝説(著:北出幸男)より抜粋~

 

サファイアは多色の宝石だが、サファイアがサファイアである為には、青い矢車草の花の色に例えられるコーン・フラワー・カラーのブルーサファイアこそ似つかわしい。サファイアはすきっと晴れ渡った天空の色。宝石がもとは天上界に属するものであり、人はこれを着用する事で神の知識やパワーを自分のものとして使いこなす事が出来るという、古代の意識を代表する宝石である。

古代ペルシャでは、ブルーサファイアは大地を支える宝石だった。大地は巨大なサファイアの原石の上にあり、空の色はその宝石が天蓋に映える事で生じると信じられていた。この故事を受けてユダヤ・キリスト教では、サファイアは十戒の石になった。

唯一神ヤハウェは自分の玉座からサファイアを剥がして、「世界の基にして生成者ならしめん」と混沌の深みへ投げ下ろした。その後、神は民に律法を与える必要にかられて、息によってサファイアを二分し、黒い火で律法を刻んだ。天来の光彩に輝く青い石は限りなく透き通っていたので、モーゼは裏側から神が記した文字を読む事が出来た。

この頃イスラエルの民の中には、偶像を崇拝するものがいたので、モーゼは彼らにはこの石版を受け取る資格がないと考えて、石版を破壊した。それから彼は原板の代わりに2枚の粗削りの板を用いて、十の古字を刻みつけたという。

十戒の石がラピスラズリであったという意見もあるが、きっとそれはモーゼが後で愚かな民をいさめる為に使った石なのであろう。

この様なわけで、サファイアは神の叡智、神への服従、神聖な瞑想、純粋な魂、敬虔さと誠実さを表す石となった。中世では聖職者の権威を象徴する宝石として、ローマ法王や大司教の指輪に盛んに用いられた。

ローマ法王シクストウス四世が死んだ時、大きなサファイア入り指輪をつけたまま葬られたので、盗難を防ぐ為、墓には監視人がおかれた。ジャンヌ・ダルクの処刑地で有名なルーマンの大司教ディスートヴィルも、豪華なサファイアの指輪をつけたまま葬られた。監視人を押しのけて群衆が墓をあばき、指輪を奪い取ったという。

ロシアに恐怖政治を敷いたイワン雷帝(1533~1584)は、熱烈なサファイアの信奉者として知られている。市民を弾圧する一方で彼は、「サファイアは眺めていると勇気が出て、心に歓びが溢れてくる。身体中の感覚が生き生きとして、筋肉や筋が強くなる。また、目にも良く、視野がはっきりするし、充血がおさまる。」と宝石を褒め称えた。圧政を好んだ王たちは気苦労も多かったのである。

19世紀に入っても、サファイアは神の祝福をもたらす宝石と信じられていた。『千夜一夜物語』の英訳者であり、有名な探検家だったサー・リチャード・バートンは、大きなスターサファイアを旅行の折には必ず持って出かけた。彼は行く先々でそれを人に見せたり、たまにはちょっと触らせたりした。

素晴らしいサファイアは、見たり触れたりするだけでも神の恩寵を得られると信じていた現地の人々は、バートンを神の使徒のごとくに迎え、宿の手配から物資の調達に至るまで喜んで協力したという。

子供が出来にくい夫婦が飾るならば、子宝に恵まれる宝石であるとも言われている。

 サファイアについてのイメージは聖なるものを思わせますし逸話もたくさんありますが、ダイアモンドについては多くの方々が、執着、戦い、権威の象徴と結びつき、不幸な物語が多い様です。現在では誰も持ちきれずにロンドン塔や大英博物館におかれている物が多いです。

日本人が初めてダイヤモンドを見たのは寛文6年(1666年)の事で、長崎の出島に入港したオランダ商船は、他の宝飾類と共にダイヤモンドの指輪を1つ持ち込みましたが、ダイヤモンドは引き合いがなく持ち帰ったとあります。

水晶ともガラスとも区別がつかず、価値がわからなかったらしいのです。

 

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