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外資系のトップセールスマンを経て、大好きだった宝石の会社を立ち上げる。


幼少の頃から直感力が鋭く、宝石を通して様々な神秘的な体験をし、宝石を装飾品から必需品にしたいという思いから"人と宝石との間に立つ"役割を日々研鑽しています。


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「エメラルドは『愛』のパワーを増強する」

2009年3月30日 10:03 | トラックバック(0)

今日は私の大好きなエメラルドのお話を『宝石伝説』から抜粋してみました。聖書や神々にまつわる伝説には、必ずと言っていい程宝石が登場してきます。神々の世界には宝石が常に描かれています。いや、神の持ち物が宝石だと思うのです。

 

世界各地の神話の天国は、常に光あやなす宝石で満ちている。神々は人間の欲望をはるかに越える宝石の所有者だ。例えば「ヨハネの黙示録」。ヨハネは、レッド・ジャスパーかカーネリアンのごとき色合いをして、エメラルドの虹をまといつかせた神の姿を見る。その後、彼は来るべき時代に築かれる神の都「ニューエルサレム」を見せられる。その城壁は十二の宝石で築かれていた。

「都の石垣は様々の宝石にて飾られり。第一の基は碧玉(ジャスパー)、第二は瑠璃(ラピスラズリ)、第三は玉髄(カルセドニー)、第四は緑玉(エメラルド)、第五は紅縞瑪瑙(サードオニックス)、第六は紅玉髄(カーネリアン)、第七は橄欖石(ペリドット)、第八は緑柱石(べりアル)、第九は黄玉(トパーズ)、第十は緑玉髄(クリソプレース)、第十一は青玉(サファイア)、そして第十二は紫水晶(アメジスト)なり」

この聖都は当時のホロスコープを模して描かれた。理想の都市は大宇宙の縮図でなければならず、ホロスコープは神の摂理を現す宇宙の模式図であったからだ。

旧約聖書の中で神とまみえたもうひとりの男、エギゼルは神の御車で天界へ運ばれ、神の声を聞く。「汝のおるはエデンなり。汝のぐるりにあるは高貴の石。トパーズ、べリル、サードオニックス、サファイア、エメラルド、ルビー、黄金なるぞ。汝の行きつ戻りつするめぐりの道は、火のごとき宝石に満ちてあるなり」

仏教でも、「極楽浄土は七宝の池に八功徳水が満ち、水底には金の砂が敷かれ、周囲の道は金銀、瑠璃(ラピスラズリ)、頗梨(水晶)でできている」(『阿弥陀経』)と説かれている。

伝説の時代、宝石はこの世の物ではなく、他界に属していた。それは天界からこぼれてきたり、母なる大地の「胎」の中で育つがごとくに、神の恩寵によって慈しみ育てられたものだった。

宝石の輝きは私達の心の奥底に眠る原初の記憶(かつて私達は宇宙の至福に包まれて暮らしていたという胎児的記憶)をゆすぶる。つまり私達の意識を変容させ、宇宙意識の感受、至福の受容、神との融合へと人を導きやすい「石」を、人類は「宝石」と認めてきたのである。

光を強く反射して色鮮やかなものは、眺めているだけで意識を変容させやすい。変容した意識は、ただちにそこに神の国や魔界のパワーを感じとる。さらには宝石の硬くて普遍的な性質、産出量が少ないゆえの希少価値が他界を連想させる事に貢献して、宝石を富の頂点におく人類の文化は形成された。

中でも透明度がひときわ高く、とりわけ産出量が少なかったエメラルド、ルビー、サファイアの3つの宝石は、他の宝石より強い魔力を秘めた宝石として尊重されてきた。トルコ石、ラピスラズリ、メノウ、カルセドニーがどちらかといえば庶民の宝石であったのに対して、前記3つの宝石は王や貴族、聖職者の宝石だった。

透き通っていて瑞々しいエメラルドの緑は、木々の緑と深く結びついている。この緑はおそらく血液の赤と共に、人類が最初に識別した色だった。木々は何故育つか?遠い昔の人類は考えた事だろう。私達はそれを細胞分裂の結果であると習う。それでは何故木々は細胞分裂して育つのか?

この答えとして古代の人々は現代物理学でいう「場」の様なものを想定した。木々が育つのは生命力というパワーの「場」がそこにあるからに他ならなかった。生命力は緑に象徴された。エメラルドは生命力というパワーそのものが凝集して生まれた非物質的な物質だった。生命力が水増しされた形の植物は枯れるが、パワーそのものであるエメラルドは枯れもせず、朽ちる事もない。

人類がエメラルドを愛してきた歴史は古く、バビロニア王国では金星の女神イシュタルの宝石として知られていた。エジプトでは鷹の頭をした神ホルスが「エメラルドの王子」、ホルスの母イシスは「エメラルドの女王」と呼ばれていた。古代ユダヤの民にとってエメラルドは、十二支族のうちのユダ族、またはダン族を示す宝石であり、大司教の胸を飾る十二の宝石の最初のひとつだった。

キリストが最後の晩餐に用いた聖杯は、エメラルドで作られていたという伝説は名高い。

キリストの聖杯は彼が処刑された時、アリマテアのヨセフによってキリストの傷口から流れ落ちる血を受けるのに用いられた。ヨセフは聖杯の守護者となり、他者の手に渡るのを恐れて遠くの国へと運んだ。別の伝説によれば、聖杯を守った最後の王は、聖杯を持ってインドに行き、西欧の眼から永遠にそれを隠したという。聖杯の探求は後に、アーサー王や聖杯の騎士たちの伝説へと繋がっていく。

二千年の昔、旧大陸で唯一のエメラルド鉱山はエジプトにあった。クレオパトラが専有した事でクレオパトラ・エメラルド鉱山と呼ばれている。

クレオパトラ・エメラルド鉱山から掘り出された良質のエメラルドは、クレオパトラの死後、ローマ帝国の富となった。ローマではこの宝石は神像の眼に嵌められた。あるいは緑が眼の疲れを癒す事から、眼を良くしたり、眼病に効く宝石となった。

 

私達が肉体をはずしてこの地を去っても、宝石はそれらの記憶と共に地球に在り続けます。持ち主の薫りを残したまま人から人へと受け継がれていくわけですが、そんな宝石が家宝として一家に1つあっても良いのではと思えてなりません!

 

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