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外資系のトップセールスマンを経て、大好きだった宝石の会社を立ち上げる。


幼少の頃から直感力が鋭く、宝石を通して様々な神秘的な体験をし、宝石を装飾品から必需品にしたいという思いから"人と宝石との間に立つ"役割を日々研鑽しています。


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『1人の命で国を救った シャー・ダイヤモンド』

2010年5月17日 21:13 | トラックバック(0)

「ソ連邦のダイヤモンド」という本の中に、3種類の記述によって歴史を語り伝えてくれる美しいダイヤモンド、シャーに関する話があります。

このシャーと呼ばれているダイヤモンドの表面に刻まれた最初の記述は、「ブルハン・ニザン・シャー2世、1000年」で、かつてブルハン・ニザン・シャー2世が所有していた事を示しています。

そして2番目に刻まれた記述は、「ジハンジル・シャー・ジェハンの息子、シャー、1051年」で、このダイヤモンドは、タージマハールを建設した有名な人物が所有していた事を物語っています。

次に、3番目に刻まれているのは、「カジャル・ファトク・アリ・シャー・サルタン」ですが、この3種類の古代ペルシャ文字が彫刻された黄色味を帯びた丸い感じの八角形のダイヤモンドは、1885年に起きたある事件によって、ペルシャからロシアの手に渡ってしまう事になりました。

当時、ペルシャとロシアとの間は、ペルシャの敗戦による条約によって、ロシアによる不当な内政干渉が続いていて、両国は再び危険な情勢にあり、ペルシャ国内には反ロシア感情が充満していました。そんな時、たまたまロシアからテヘラン駐在大使として赴任してきたグリボエドフが、ペルシャの群衆に襲われて殺されてしまう事件が起こったのです。

この事件を円満に収拾し、再びペルシャを戦乱の悲劇から救う為、過去の歴史を記述した貴重なダイヤモンドであり、かつ、ペルシャの栄光と権力の象徴でもあったダイヤモンド・シャーを、ロシア大使を殺害した代償として渡す事にしました。強大なロシア帝国の皇帝が最も欲しがったのが、このダイヤモンド・シャーだったからです。

こうして、ペルシャの王子チョズレ・ミズラによってロシアに運ばれ、ロシア皇帝に殺人の代償として贈られ、ペルシャ国民を戦乱の悲劇から救う事になったのです。

「宝石の物語」(著:小林将利) より抜粋

 

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