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外資系のトップセールスマンを経て、大好きだった宝石の会社を立ち上げる。


幼少の頃から直感力が鋭く、宝石を通して様々な神秘的な体験をし、宝石を装飾品から必需品にしたいという思いから"人と宝石との間に立つ"役割を日々研鑽しています。


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「アレキサンドライトの発見と栄華を極めたロマノフ王朝の関係」

2013年11月19日 12:32 | トラックバック(0)

ロマノフ王朝。それは1613年にロシアツァーリ(専制君主)で大貴族の家柄出身のミハイル・フョードルヴィッチ・ロマノフがロシア皇帝に就任したのを皮切りに、約3世紀の間、ロシアに君臨した王朝の名前である。

初代皇帝の孫、ピョートル一世の時代には、それまで『北方の熊』とヨーロッパの王国から田舎者扱いされていたのを脱し、近代化を目指していた。ピョートル大帝からロマノフ王朝の発展を図った女帝エカテリーナ2世まで、ロシアの歴代皇帝は、近代化を図る一方で、ヨーロッパ文化を取り込むことに躍起になった。

著名な芸術家の作品を購入し宮殿や離宮(エルミタージュ)に、芸術の彩りを添えていった。だが、彼らが尊敬し、模倣しようとした文化の牽引者であるヨーロッパの各王や皇女たちが羨む宝が、ロシアの大地に眠っていたことをピョートル大帝やエカテリーナ2世は生涯知ることなく、この世を去ることになった。それは世にも珍しい宝石だった。

1830年のこと、ウラル地方の鉱山でエメラルドの採掘をしていた鉱夫たちは、光によって赤色から緑色へと変色する石を発見した。発見された日は、ちょうどエカテリーナ2世の曾孫にあたる皇太子アレクサンドル2世の誕生日であったことから、珍しい石は宮廷に献上され、アレキサンドライトという宝石名が与えられることとなった。

ロシアが世界に誇る宝石が誕生した瞬間でした。

(「世界の稀少石」 岡本憲将より抜粋) 

 

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