プロフィール

外資系のトップセールスマンを経て、大好きだった宝石の会社を立ち上げる。


幼少の頃から直感力が鋭く、宝石を通して様々な神秘的な体験をし、宝石を装飾品から必需品にしたいという思いから"人と宝石との間に立つ"役割を日々研鑽しています。


カテゴリ

最近の記事

アーカイブ

携帯電話からの
アクセスはこちら

 

『明治天皇の護身符』

2019年11月12日 10:25 | トラックバック(0)
山梨県の御岳桜神社の神宝は、大きな水晶の銘玉2個と、「水の玉」白色透明の水晶3個と、
「火の玉」薄茶色透明の水晶2個、それぞれ美しい水晶でした。

このうち大きな銘玉2個を、名工が4年がかりで磨き上げ、
径六寸と五寸七分の美しい水晶に仕上げ、
明治6年、オーストリアのウィーン万国博に、日本政府の名で出品しました。

そして、このうち径六寸の大きい方の水晶玉は、二万円の大金でフランス人に売却されました。
一方、五寸七分の水晶玉は、日本に送り返される途中、遠州灘で船が沈没し、
他の積荷ともども行方不明になってしまいました。

後日、沈没船からこの水晶を引き揚げるのに成功したニュースが明治天皇のお耳に入り、
ご覧にいれたところ、熱望され、持ち主の金桜神社から、天皇に献上されました。

この代償として、明治天皇から、備前長船の名刀一振りと、金三千五百円が下賜されました。
明治天皇は、この美しい水晶の銘玉を護身符として、特に大切に祀っておられたという事です。

水晶は、古代エジプトでも宗教儀式に用いられていたように、
古来、護身符としての強い力を持っていると信じられてきました。

また、霊感を高めて未来を予知する力を得たり、
潜在的な能力を引き出す強い力を持っていると信じられていたため、
後年、日清戦争で多くの将兵が、それぞれの護身符として、
小さな水晶玉を腰にぶら下げて出征したという事です。


「宝石物語」 (著者:小林将利)より一部抜粋

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://shachoublog.jp/system2/mt-tb.cgi/164